漁業者は食卓に新鮮な魚を届けてくれる、なくてはならない存在です。しかし、現在の日本では漁業者の人手不足が深刻な問題となりつつあります。今回は、なぜ漁業者が人手不足に陥っているのか、その原因と今後の解決策について紹介します。
漁業者の人手不足の現状
これまで、世界的にも漁獲水揚げ量が多かった日本。古来より漁業が盛んな国であり、漁業者も国民の「食」を支える存在として活躍してきました。しかし近年、漁業者の人手不足が顕著です。令和元年に農林水産省が発表した「漁業構造動態調査報告書」を見てみると、1961年に699,200人を記録していた漁業就業者は、2019年の時点で144,740人に。この60年近くで、約5分の1にまで減少していることが判明しています(※1)。
また、現在の課題は人手不足だけではありません。同報告書によると、現在の漁業従業者は50代以上の高齢層が多くなっており、20~30代の若者層は減少。このまま新規参入が少ない状態が続けば、漁業者不足はさらに深刻化する恐れもあります。
加えて、令和3年に水産庁が発表した「漁業生産を支える人材確保」によると、女性の新規就業者は全体の4%と非常に少ない結果に(※2)。現在は漁家の出身者に限らず、幅広い層に募集をかけているものの、課題は継続中です。また、仮に若い人材を確保できても、定着率は半減しており、こちらについても大きな改善となっています。
こうしたなか、日本において水産業は「衰退産業」とみなされるケースも増えてきました。一方で、世界に目を向けると海産物へのニーズはむしろ増加中であり、大きな成功が見込める「成長産業」として捉えられています。
特に日本同様、漁業が盛んな国として知られるノルウェーでは、漁師が「稼げる職業」と考えられており、大学を卒業した若者たちから人気の職業となっています。そのため、日本としては海外のように漁師が若者の目標となるような職業にするため、何らかの施策が求められています。
漁業者の人手不足の理由
漁業者の人手不足が深刻化している日本ですが、なぜこのような状況に陥ってしまったのでしょうか。現在考えられている理由は、以下の通りです。
収入が不安定
漁業者となるうえで、大きな不安点となるのが「収入」でしょう。漁業者の仕事柄、海が荒れていれば船は出せず、魚が獲れなければ収入を得ることができません。また、収入は魚価の変動に影響を受けやすく、自分の力ではどうすることもできない部分もあります。
2023年に日本労働組合総連合会が学生に行った「学生を対象とした労働に関する調査」によると、「卒業後に就職した会社で定年まで勤め続けたい」と回答した人が8割近くいました。その理由に「安定した仕事に就きたい」と回答した人は6割超に。近年の若者層は安定志向が強くなっており、「収入が不安定」というイメージを持たれる漁師にとっては不利な状況となっています(※3)。
労働環境の問題
漁業などの一次産業は、「きつくて危険」というイメージを抱かれやすく、労働環境が悪いと思われてしまいがちです。実際、漁業は海を相手にする仕事であり、予測不能な自然災害に見舞われるリスクもあるなど、厳しい側面があるのは事実です。
加えて、ほかの業界と比べて労働時間が異なる点も見逃せません。夜明け前に出港し、昼前に業務を終えるパターンもあり、こうした一般企業の勤務形態との違いが新規参入者を遠ざける理由になっています。
また、漁業は専門知識や技術が求められる職業であることも、人手不足に陥る原因です。まずは見習いとして経験を積む必要があり、一人前となるまで時間を要することも、漁業者としての生活が難しいと考えられる原因と言えるでしょう。
情報の少なさ
漁業が人手不足に陥っている要因には、情報不足も挙げられます。たとえば、新規参入者となり得る人物が漁業への関心を抱いていたとしても、テレビや新聞、インターネットなどで関連情報を得られなければ、具体的な行動に結びつけることは難しくなります。
各自治体などでは漁業者に関するセミナーやフェアなどが定期的に開催されているため、それを多くの人々にどう伝えるかが課題になるでしょう。現在は漁業者関連の情報を扱うサイトも存在しており、状況改善に向けての取り組みが進められています。
過疎化
漁業の人手不足を考えるうえで、「過疎化」は無視できない問題です。ただでさえ少子高齢化が叫ばれる日本で、労働人口は都市部に集中する傾向があり、小さな自治体では過疎化が進んでいます。
そして、漁業は基本的に都市部ではなく地方を中心に行われています。だからこそ、過疎地域が増えれば増えるだけ、人手不足に陥るケースも増加していくのです。過疎化が深刻になった地域では、他地域からの人材確保など何らかの対策を講じる必要があります。
少子高齢化
日本において、人手不足が深刻化しているのは漁業だけではありません。その原因となっているのが、社会問題ともなっている少子高齢化です。漁業においても少子高齢化の波は顕著であり、現在の日本では50代以上の漁師が多数に。今後についても、年齢層はさらに上がると予想されています。
漁業の人手不足の解決策
漁業者の人手不足は年々顕著になり、いち早く対策を練る必要があります。現在注目されている解決策が、「デジタル技術の活用」です。漁業に限らず、現在ではさまざまな分野でデジタル化が進み、業務の効率化に成功しています。
漁業においてもデジタル化は例外ではなく、水産庁ではデジタル技術の活用によって生産性を向上させる「スマート水産業」を推奨。実際、総務省の発表によると、宮城県東松島市では大手通信会社である KDDIグループと連携した「海洋ビッグデータを活用したスマート漁業モデル事業」が進められています。
具体的には、海のデータ収集を行ったうえで、漁獲量の多い場所、塩分濃度の関連性などを分析。海水の温度や潮の流れについてもデータで計測できるようになり、「漁師の勘」に頼らずとも「どこに行けば魚が獲りやすいか」が判断しやすくなりました。こうした取り組みにより、今後漁業のさらなる効率化、生産性向上などが見込まれています。
また、データを活かした取り組みをアピールできれば、漁師に興味を持ちながらも一歩踏み出せない新規参入候補者の後押しともなるでしょう。昔ながらの方法だけでなく現代的な手法も取り入れているとわかれば、「危険」「古典的」といったイメージの払拭にもつながります。
加えて、多くの若者から注目を集めているSNSの活用も、非常に重要な解決策となり得るでしょう。SNSを適切に運用することで、漁業の持つ魅力や自然のなかで働く楽しさ、採用関連情報を積極的に発信できれば、地元に戻っての就職や、地方での就職を検討している若者層からの関心を集めやすくなります。
「漁業者ならではの魅力」を知って一歩踏み出そう
現在の日本において漁業者の人手不足は深刻化しており、今後しばらくこの流れが続くのは間違いありません。それでも、デジタル技術の応用やSNSでの情報発信など、さまざまな手段を用いて新たな漁業者のなり手を呼び込もうとしているのは事実です。
水産庁は漁業者についても働き方改革の実現を目標としており、今後環境が改善されていく期待は十分に持てます。漁師でなければ体験できない魅力も数多くあるため、この機会にぜひ漁業を知ってみましょう。
【出典】
※1 農林水産省「令和元年漁業構造動態調査報告書 」
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00500213&tstat=000001145546&cycle=7&tclass1=000001154213&tclass2=000001154214&stat_infid=000032089599&tclass3val=0
※2 水産庁「漁業生産を支える人材確保」
https://www.jfa.maff.go.jp/j/council/seisaku/kikaku/attach/pdf/210721-2.pdf
※3 日本労働組合総連合会「学生を対象とした労働に関する調査」
https://www.jtuc-rengo.or.jp/info/chousa/data/20230113.pdf?15