瓜生 光
漁業にはさまざまな種類が存在しますが、そのなかでも長い歴史を誇っているのが「定置網漁業」です。網を設置して回遊する魚を捕まえる漁は、江戸時代から続く漁業として今日も行われています。一方で、定置網漁業は最先端のテクノロジー導入にも積極的であり、伝統と革新が融合した漁業と言えるでしょう。今回は、そんな定置網漁業の魅力について詳しく紹介します。
目次定置網とは、魚が回遊する場所にあらかじめ網を設置し、誘導されてきた魚を捕らえる漁法です。定置網漁業には大きく分けて2種類あり、規模の大きな「大型定置網」と家族経営に多い「小型定置網」があります。
日本においても定置網漁業は北海道、岩手県、宮城県など北部はもちろん、神奈川県や千葉県、石川県、富山県、京都府、高知県、長崎県といった幅広い県で行われているのが特徴です。
定置網漁業で使用する「定置網」には、各部に以下のような名称が存在します。
垣網:魚群の進路を遮断、運動場へ誘導する網
運動場:周囲が網で囲われており、魚群を捕らえる
登網:運動場から箱網につながる部分
箱網:魚群を留め、漁獲する網
側張:定置網の骨組み
台浮子:定置網の前後に設置された大型の浮子
錨:定置網を固定するための金属製の錨
土俵:定置網を海底に固定するサンドバッグなど
定置網漁業は、多くの場合早朝に出港して沿岸から30分~1時間程度の漁場で網を設置します。6~15人程度の船員で作業にあたり、未経験者であっても就業しやすいのが特徴です。基本的に仕事は昼頃に終了となるケースが多く、メリハリのある働き方もできます。
長い歴史を持つ定置網漁ですが、その始まりは江戸時代とされています。富山県の氷見では、「台網」という定置網の元となるような漁が行われていました。台網は魚を捕らえるため、袋状の「身網」と魚群を身網に誘導する「垣網」を用いており、網については藁縄を利用した「藁網」を採用していました。また、定置網については藩から許可を受けた地元の有力者が施設し、それが世襲によって引き継がれていたのです。
明治時代になると、より大型の定置網である「日高式大敷網」が登場。さらに多くの魚群を捕らえられるようになり、こちらが主流となりました。大正時代には、日高式大敷網の課題だった網口の大きさを改善して魚群の溜まり場を作る「上野式大謀網」や、それをさらに改良した「越中式鰤落し網」も登場。越中式鰤落し網の仕組みについては、現在の定置網漁業に非常に近いものと言えるでしょう。
こうした歴史を経て行き着いた現在の定置網漁は、以下のような仕組みとなります。
1.垣網によって魚を網内へ誘導
2.囲い網によって魚を箱網へ誘導
3.箱網に魚を閉じ込める
4.落し網によって余分な魚を海に逃がす
定置網漁業はその他の方法と比べても、魚を傷つけず過剰漁業を防げる方法となっており、海への影響を抑えるうえで効果的です。近年の世界情勢を考慮すると、より注目すべき漁業と言えるでしょう。
近年は地球温暖化による海水温上昇や、過剰漁業、密漁によって水産資源の保全が危ぶまれています。少しでも豊かな海の恵みを守るため、さまざまな取り組みが進められていますが、そのなかで定置網漁業は世界から注目を集めつつあると言えるでしょう。
持続可能な資源管理を考える際、重要となるのは魚を取り過ぎないこと。定置網漁業は、網のなかに入ってきた魚のうち、もっとも奥まった「袋網」に入ってきたものだけを獲るという漁法です。そのため、最初に網に入った魚のうち実際に漁獲されるのは2~3割ほどであり、根こそぎ獲るという事態が生じません。
また、環境への配慮ができるのも定置網漁業の魅力です。たとえば、底引き網を使用すると海底の環境に大きな影響を与えてしまいかねませんが、定置網漁業は環境改変のリスクを抑えられるのです。
その他、定置網漁業は基本的に漁場から近い位置で行われるので、燃料消費を軽減できる期待も持てます。このように、エコという観点から見れば定置網漁業はさまざまな恩恵があり、持続可能な漁として注目されているのです。
長い歴史を誇る定置網漁業ですが、テクノロジーとの融合が進んでいる点も見逃せません。たとえば、鮭の定置網漁についてはこれまで漁獲高の予想が簡単ではないという問題点があり、漁師が培ってきた勘や経験に頼る側面がありました。
そこで現在進められているのが、「IoT」の活用です。漁師の勘や経験に頼るのみでは属人化してしまうため、こうした知見を可視化するべくビックデータを収集する必要があります。たとえば、ある電気通信事業者は2種類の「スマートブイ」を開発しており、天候や海上・海中データの収集ができるようになりました。
ブイにはLTEモジュールとGPSが搭載されており、ここで集めたデータによって精度7割強の漁獲高の事前予測が可能に。データは表示アプリケーションを用いて漁師が簡単に確認可能となり、漁業の効率化実現が期待されています。
また、テクノロジーとの融合により、定置網漁業であっても「選択して魚が獲れる」漁業を目指すことが可能です。現在の日本で資源管理が必要とされているのはマイワシ、マアジ、サンマなど7つの魚種に限られていますが、今後はより多くの魚種が規制の対象になると予想されます。
そこで重要となるのは、「どの魚を獲り、どの魚を獲らないか」を選択できる漁業です。定置網漁業であればテクノロジーを駆使することで「時間により定置網の開け閉めをコントロールして獲る魚群を選別」といった方法も選択できるようになるため、システムの構築が期待されます。
定置網漁業は、長い歴史を持ちながらもIoTの活用など革新的な要素を組み込んでいくことで、更なる発展を目指しています。漁業関係者としても、定置網漁業の“今”を知れば生産量向上などいくつもの恩恵を受けられる期待が持てるでしょう。地球温暖化による海水温上昇が進む世界にあって、今後は漁業界にもさまざまな変化が生じることが考えられるため、テクノロジーを漁業にどう活かしていけるか考える意識は非常に重要です。